超人気シリーズ>>>歴代の全仮面ライダーを本より詳しく解説!!仮面ライダーまとめ一覧!!



大人から子供まで楽しめる仮面ライダー!

親子で楽しむことができるのが仮面ライダーの魅力の1つなんですよね。

さて、今回はそんな人気の歴代仮面ライダーのキャスト(俳優)について見ていきたいと思います。

今回ピックアップするライダーは、

仮面ライダーV3ライダーマン

山口豪久さん

です。

  • 仮面ライダーV3ライダーマンの俳優さんとは?
  • プロフィールや経歴は?
  • デビューのきっかけは?
  • 今はどんな活躍をしてる?

について徹底的ご紹介していきたいと思います!!


今、活躍されているあの人が実は仮面ライダーだった!!他の歴代仮面ライダーのキャストが気になる方はこちらの記事もご覧ください↓↓

仮面ライダーV3ライダーマンの俳優さんとは?当時では珍しいイクメンパパだった!

忙しい仕事の合間を見つけては、娘さんを家の近くの海に釣りに連れて行ったり塾の送り迎えなんかも進んで行っていたと言う「イクメンパパ」です。

昭和のお父さん象って言ったら、ドンと腰を据えて「おい!お茶」的なイメージがあるのですが家族思いと言いますか子供さんに対しての愛情をかなり注がれてた方の様です。

そんな「イクメンパパ」のライダーマンの正体は、山口智之(やまぐちともゆき)さんです。あれあれ?山口豪久(やまぐちたけひさ)さんじゃないの??って思った方もいらっしゃるかと思いますが!

豪久(たけひさ)は芸名だったんです!デビュー当時は「山口暁(やまぐちあきら)」→「山口あきら」→「山口豪久(やまぐちたけひさ)」に変更して行きました。

芸名を変えた理由は定かではないですが、新たな人物になって「前へ前へ進んで行こう」って思いがあったのではないでしょうか?

ちなみに~芸名は「源氏名」とも言われますが、「げんじな」って何なのか皆さんご存知ですか?私もよく耳にする言葉なんですが、何故なのかは知りませんでした。

源氏名の語源・由来
「源氏物語五四帳」の巻名にちなんでつけられた宮中の女官の名を言った。他にも、京都の小路の名を与える「小路名」といった命名法が有り、「源氏名」はそのような命名法の1つであった。江戸時代に入り、この命名法は武家の奥女中に受け継がれ芸者や遊女にも用いられるようになった。

引用元:語源由来辞典

そんな、山口さんですがどの様な人生を歩んで来られたのでしょうか?「イクメンパパ」の山口さんは、こんな方なんです。

山口豪久(やまぐちたけひさ)さんはこんな人

https://twitter.com/toshiriderultra/status/1061383979301912576

山口豪久さんのプロフィール

  • 本名:山口智久(やまぐちともひさ)
  • 芸名:「山口暁」→「山口あきら」→「山口豪久」
  • 生年月日:1945年1月25日
  • 没年日:1986年4月6日(41歳没)
  • 出身:東京都
  • 身長:175cm
  • 血液型:A型
  • 活動期間:1964年~1984年
  • 家族構成:「妻:元女優の山口千枝さん」「長女:女優の山口貴子さん」「次女:記載なし」
  • 所属:劇団NLT

幼少時に母親を亡くし、親せきの家に預けられたと言う悲しい子供時代を過ごした経緯が有るからかは分りませんが仕事で遅くなっても必ず自宅で食事をすると言った家族団らんを好み子煩悩(こぼんのう)な方だったみたいです。

子煩悩(こぼんのう):「育児や教育において子供を非常に可愛がってる人」の意味があります。同義語としては「親馬鹿」などがあります。

ママ
パパもたまには早く帰ってきて、子供たちと遊んでくれたら嬉しいんだけどなぁ~
パパ
いやぁ・・・そうだよねぇ☆「イクメンパパ」めざして頑張るよ!

性格は几帳面で、ドラマと映画の役柄事に変わる「ドーラン(胴乱)」の番号や出演シーンの状況や背景など細かなところまでノートに書き留めていたそうです。

※「ドーラン(胴乱)」とは、お化粧品のファンデーションの一種で正式には「油性練り白粉(ゆせいねりおしろい)」と言います。

凄くないですか!?プロ意識の高さが半端ないですよね!画面上では些細な違いの化粧品の番号までも書き留めておくなんて正に、プロフェッショナルとしか言いようが有りませんね。

絵や写真が好きで、美術大学へ進学も考えていたって事なんですが意識高過ぎ山口さんです。子供好きが高じて、劇団を作り小学校を巡回してた事もあったみたいです。

ご自身の子供さんだけではなく、多くの子供たちの為に演劇と言うかたちをとって芸術と言う物に触れさせようとしていたのではないでしょうか?

俳優業のかたわら、親族が経営している飲食会社の常務としても精力的に活動をしていて、高校の食堂「桜美林高等学校」にも進んで立っていた働き者の山口さんです。

学生など周囲の人たちからは、愛称で「ライダーマンのおじさん」と言われていたみたいです。みんなに愛されていたのが伺えますね。

二十歳のころから持病を持っていて、一度発症していたのですがその時は事無くで終わったものの定期的に通院はされてたみたいです。

1986年4月2日に「おなかが痛いので病院に行って注射を打ってくよ」と言葉を残してその後、緊急入院となり4日後に様態が急変し、そのままお亡くなりになりました。

41歳と言う早すぎる人生の幕引きに、家族も周りの関係者からも早足過ぎた人生に悔やまれる思いだったのではないでしょうか!病名は肝臓ガンだったみたいです。

山口さんが旅立たれた後、遺品整理をしていた時家族宛に遺書が見つかったのですが何故か?次女に宛てたものには名前だけだったらしいです。

次女宛の遺書が名前だけだった真相は定かではないですが、妻の千枝さんへの遺書には「お世話になりました。自分は母のもとへ行きます。」といった短い文章が残されていました。

余りにも、他人行儀な文章に千枝さんは苦笑いしたそうです。幼くして母を亡くし、義母からの愛情も受ける事の出来なかった山口さんの寂しい気持ちを自分の娘たちには感じて欲しくない思いが詰まった文章だったのではないでしょうか?

後に、学校の食堂によく来ていた常連さん(学生なのかは?)から訃報が投稿され雑誌「宇宙船」に周知されました。

若くしてお亡くなりになった「山口智之さん」にお悔やみを申し上げます。安らかな永眠をお祈りしております。



デビューのきっかけは?

東京実業高等学校在学中に新東宝オーディションに合格して、1964年に国際放映「特撮テレビドラマ:忍者部隊月光」の名月役で華麗なるデビューを飾りました。

時代を感じますよね、シロクロ画像は久々に見ました(汗)たまには古き良き時代の作品に触れあうのも良い事なのかも知れません。

1966年には、ビープロダクション「特撮テレビ番組:マグマ大使(フジテレビ)」第17話にゲスト出演しました。この時に、後の妻になる千枝さんと共演してます。

その後の仕事も、特撮作品中心に活躍はされていたのですが山口さんの思い描いている役者人生では無いと感じ、スキルアップをする決意を固めました。

「劇団NLT」の俳優教室に1年間通い演技の基礎を磨き、役者としての自分を見直すことに時間を費やしました☆演技に対しての熱意を感じられる行動ですよね。

1973年に東映「特撮テレビドラマ:仮面ライダーV3ライダーマン(毎日放送)」結城丈二・ライダーマンに抜擢されました☆自分を磨きなおした結果が現れた瞬間ではないでしょうか?

立て続けに、1974年には初主演作品となった「電人ザボーガー:大門豊役」に大抜擢!流石って感じですよね☆時の人となりました。

ですが・・・1984年「10号誕生!仮面ライダー全員集合」に出演しました。この特番が仮面ライダーシリーズの最後のゲスト出演になり、役者としても遺作となってしまいました。

亡き父の思いを引き継いで


1984年4月6日に41歳という若さで亡くなった父、山口豪久の遺志を受け継いで女優の道を選んだ長女「山口貴子」さんです。

なかなか出来ない事だと思いませんか?しかし何故女優になる!なりたい!!って気持ちはどのタイミングで芽生えたのでしょう。

貴子さんがまだ子供の頃、近所の子供会で亡き父が演技指導をしている姿を見て演技をする楽しさや面白さを感じていたのではないでしょうか?

周りの方々の暖かさやご厚意によって

侵略少女ミリの出演を務めました☆こうなった経緯は、実はこの様になってます。人の暖かさを感じれるエピソードですよね。

亡き父がライダーマンを演じていた時の担当プロデューサー「平山亨」さんが、貴子さん出演の作品を作れないか?との鶴の一声からトントン拍子に決まって行きました。

山口豪久さんの人柄の良さがうかがえるエピソードですよね。だって娘さんだからって事だけで番組作ろうよ!何て事には普通ならないと思うんですよね。

山口さんの穏やかな人柄と仕事に対して妥協を許さない姿勢に、平山さんは惚れ込んでいたのではないでしょうか?

貴子さんの他の出演作品

「テレビドラマ」

  • ボイスラッガー(1999年・テレビ東京):婦人警官役
  • 侵略美少女ミリ(2000年・テレビ埼玉):ジョシ-136号役

「映画」

  • 地球侵略ライトルマッチ女我レディース(1999年):セコンド役

「インタビュー」

  • 仮面ライダーSPIRITS(2001年):第2巻巻末インタビュー

2013年当時の情報では、結婚されて子供さんも2人いらっしゃるみたいですが今現在は芸能活動をされているのかは定かではない感じです。

父の目指していた俳優と言う仕事を自ら選択して、女優になり周りの方々の協力の元ではありますが作品にして世に出せたことは「親孝行」と言えるのではないでしょうか?

山口さんも、天のどこかで貴子さんのご活躍をこそっとのぞかれていたのではないでしょうか?その顔は笑顔なのか先輩俳優としての厳しい顔だったのかは!神の荷ぞ知るって感じでしょう。

故山口豪久さん主演の、あの映画が!リメイクされていた

2011年10月15日に、リメイク版・映画「電人ザボーガー」の舞台挨拶が行われました。出演者は、板尾創路・古原靖久・佐津川愛美ほか・監督:井口昇

リメイク版では、板尾創路さんが「大門豊」役として主役を演じてます。「故山口豪久さんの初主演作品のリメイク」で、37年ぶりと言う事もあり多くの観客が集まりました。

板尾ワールド全開な挨拶が展開されて、終始会場を笑いの渦へと巻き込んでいきました。さすがと言ってしまいますよね☆異色と言うか異質な世界観を持つ板尾さんらしい感じが伝わってきます。

「こんな加齢臭のする映画館は初めてです」とか「ものすごく中途半端。でもザボーガーらしい感じがしましね」などの笑いを誘うコメントの後に!

「最近昔の特撮やヒーロー作品がリメイクされて映画になっているが、ザボーガーが持っている何かは凄い。それに出させていただいた感激があります」とのコメントを残してます。

37年と言う月日をへて、山口さんの代表作品がよみがえった事は大変喜ばしい事ですね。New「電人ザボーガー:板尾バージョン」にも期待が出来るのではないでしょうか☆


まとめ

  • 仮面ライダーライダーマンの俳優さんは山口豪久(やまぐちたけひさ)さんだった
  • 実は山口さんはイクメンパパ!
  • 東京実業高等学校在学中に新東宝オーディションに合格して俳優の道へ
  • 亡き父の遺志を受け継いで娘の”貴子さんが”女優へ

41歳と言う若さでお亡くなりになった「山口豪久:(本名)山口智之」さんの、穏やかで暖かな子煩悩っぷりは笑みが浮かんでしまいました。

亡き父の遺志を継いで女優になった「山口貴子(長女)」さんは、愛情いっぱい包み込こんで育ててくれた父の背中を追いかけて同じ道を歩んだのではないでしょうか?


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子供の思い出の為に今すべきこと

子供が大好きなキャラクターショー!子供にとってキャラクターとのふれあいは一生の宝。僕も昔にデパートの屋上であったキャラクターショーにつれていってもらった思い出は今でも覚えています。

子供ながらに感動しっぱなしだったなぁ。

スマホやPSP,任天堂DS、switchなど今はたくさん遊ぶものがありますが、キャラクターショーには心の中に一生残る魅力があります。

子供の為にも親として一度は連れていってあげて欲しい。

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